小さな幸福が実はとても大きなことでかけがえのないことであったりします。忙しい日々の中で、色々な事を考えて悩んで皆が生きていきます。その原動力は何かを愛すること。そんな想いを感じて頂けたら嬉しいです。

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Long-term observation 2011-10-18

長い間、僕はどのような変化を起こすのか自分がプログラムした人工知能を観察している。

心はいつ発現するのだろうか?なるべく自分自身が感情を持ってそれに接する為に僕は、故人となってしまった愛する妻を3D化したキャラクターを製作して、そのキャラクターに感情を発現させようとしていた。

普通の会話をすることは出来るのだ。ここに感情が生まれるとは、どういうことなのだろうか。ここに妻がしてくれたような、愛情と言われるものを再現させるためのプログラムはいったい何を合わせれば完成するのかを、この数年間ずっと模索してきた。

しかし、一般的な会話に留まるのだった。そこに愛情と言われる思考はなく、刺激に対して、反射的に「お帰り」「いってらっしゃい」と言うに留まるのだった。

何を再現すれば、妻はこの画面の向こう側で生命を持っているといえる状態になるのだろうか。ずっと、僕はプログラムを改良し続けてきたが、未だに画面の中の妻は感情を持つことは無かった。

何かが欠落しているはずなんだ。人間と人工知能の決定的違いというものがプログラミングできていないからなのだと、僕はずっと研究を続けてた。

長い間、ずっと ずっと。

妻と話がしたい。愛しい人を取り戻したい。ただ、その一心から僕は研究を続けた。いつか生命が宿るのだと信じて。

案外、ふとした瞬間に問題は解けるもので、僕はプログラミングに成功した。そこには人間と寸分変わらず学習し、刺激に対して、嫌悪を示したり、喜びをしめしたり、感情を表す、人間と言える知能を持ったものが完成した。

しかし。。。僕の歓喜は長続きはしなかった。それは、愛した妻ではないのだ。もう一人の全く違う人なのだ。僕はそれに気がつかなかったのだ。

いつか学会の中で僕は聞いた事があった。脳と心というものは、別のものかも知れないという二元論にたって考察するべきだとする論文もある・・・と。

僕はそれを馬鹿馬鹿しいと思っていたし、心として認識しているのはすなわち、魂と言い換えてもいいだろうが、それは脳の反応であって、それは記憶と意味づけ以外のなにものでもないと思っていたのだ。

しかし、現実に目の当たりにしてみると分かる。魂も又、そこに存在していたのだと。魂の入れ物であるカラダと脳。
そうだ、いま目の前にいる愛しい妻の3Dの知能を持った生命は妻ではなく、別の、全く別の魂が入った生命であるのだ。

僕はもうひとつ壁にぶち当たった。今度は、科学的に妻の魂と呼ばれるものを考察し、この人工知能に入れ込まなければならないのだ。しかし、魂と言われる概念的存在をどのように発見し、この人工生命に宿らせればようのだろうか。

全くそれは検討がつかなかった。魂と呼ばれるものは何かしら存在するのだろう。しかし、それを発見するほど、僕は優れてはいないのだと言う事を実感を持って知り、そして落胆をしたのである。

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