小さな幸福が実はとても大きなことでかけがえのないことであったりします。忙しい日々の中で、色々な事を考えて悩んで皆が生きていきます。その原動力は何かを愛すること。そんな想いを感じて頂けたら嬉しいです。

  1. Milky-wayと星の砂
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Preface ~

preface

世界がそろそろきらめいて崩れ落ちていく・・・

その先に何を見つめていくのか?人間の存在意義とは何か?という事・・・

この銀河系は本物であろうか?それとも空想なのであろうか?存在をしていて存在をしていない世界が、この世界であるとするのであれば、人とは何なのか?意識と何なのか?

もし、脳が作り出している幻想がこの世界なのであれば、その銀河系宇宙のひとつである我々の世界は、実はスマホやパソコンのピクセルの一部のようなもので、それがモザイク画像のように、この世界を形作っているだけの事であって、私たちはこの世界に存在をしていないのかもしれない。

あくまでも、脳という機能が作り出した幻想の上に、ある程度の秩序と、そして無秩序を抱えて、壊れないように、壊さないように生きているのかもしれない。

ただ、この世界ば例えばバーチャルだとして、ピクセルの一部のようなものだとしても、この世界を壊したくないという想いもあるだろう。この世界は意識の集合が作り出した幻想であるとしても、それはきっと幸福を紡ぐゆりかごのような場所なのではないだろうか。

しかし、この世界で苦しむ人もいれば、幸福を感じる人もいるわけで、それをどのように整合性を持って説明をするのかという事も問題にせざる得ないが、この点に関しては、残酷にも、そのような役割を持った人はそのようになるという、つまりは運命であるという事以上でも以下でもないのではないだろうか。それで、説明がつくだろう。

しかし・・・根本的に、なぜこの世界が存在をするのか、若しくは存在をしていると認識をしてしまっている存在の人間がここのいるのかという事はいづれとして根本的な疑問になってくる。

神という存在が本当に存在をしているのだろうか。そして、それは何を考えてこの世界を創造をしたのだろうか。ただ、この神も全てに於いて完全無欠というものではなく、この世界の人間と同様の、高度に発達をした世界の我々人間と同じような存在なのではないだろうか。

だから、我々人類がバーチャル世界をつくり、その中に人間を作り、街を作り、という事と何も変わらないのではないだろうか。この世界は決して完全無欠と言われる神が創造をしたものではなく、別次元に存在をし高度に知的な存在が我々がゲームを開発をするのと同様の工程で厳密につくられた仮想現実なのではないだろうか。

だから、この世界は終焉を迎えるとき・・・ただ、パソコンの電源が停電で落ちてしまうときのように、何も無かったかのように一瞬で消えてしまうだけの存在なのではないだろうか。

加賀見左京(かがみ さきょう)は、この問題について考えていた。

加賀見左京は、バーチャルリアリティーの研究に没頭をしていた。より、人間の知覚に近いものを作り出すということに、現実世界と同様の経験、体験をする事が出来る世界の構築を目標として日々研究をし、開発をしていく日々の中で「ふと」思ったのだ。

全てのAIにしろ、ゲームにしろ・・・発展をすればするほどリアルを追求し、この現実世界のものに近づいていく。従って追求をし続けていくと、いつしか境目は曖昧になって、それが現実であると信じて疑わない人間が出てくるであろう。

その世界から出てこない人間を我々が言う人間というかは別として、神様というのは、つまり存在をしていなくて、神様というのは、そもそも人間なのではないかと。さらに細分化をすれば、我々の世界の全てを構成をしているのはピクセルのようなもので、実は既に我々はバーチャルの世界にいるという事に気がついていないだけで、既に誰かが作りだした世界の中で、この世界を現実な物理世界であると思っているだけで、実は完全に精巧に作られた世界なのではないだろうか・・・と。

多分宇宙というのは非常に狭く、果てしなく広い。それは人間の想像力が続くまで、延々に果てしなく続くものであると。

そしていつか、加賀見はこの世界からの脱出を試みてみようと心に決めた。

仮説として、僕は僕として存在をしているけれども、実は存在はしていないと定義をした。

なぜそのようになるのかと言えば、自分が世界と認識とした瞬間に世界が構成され、自分の存在の確定の為に他人から自分の存在を認識されているという事をもって、自分という存在が確定し世界に定着するからだ。

自分自身を認識をするという事は、それぞれ、外部の他の存在からの承認、認識を必要として自分が存在をしているという事を認識をして、それは外部の相手方の存在も同様であり、自分という個の存在は実のところ外部がないと認識を出来ない脆弱なもので、だからこそ、人間は相互に依存をしているという事も同時に言えることになる。

人は一人では生きていけないというのは、実は人生論ではなく、この世界の認識論の事を言っている言葉なのではないかとも感じながら、この世界から抜け出す方法を考えていく事にした。

 

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